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ダイビングの蜃気楼

海に行きたい。ビーチリゾートではなく東伊豆の海だ。

早朝器材を担いで電車を乗り継ぎ熱海から伊豆急下田線で富戸まで行く。はじめて見たときは読めなかったけど「ふと」と読む。都内からアクセスの良いダイビングポイントのひとつだ。車があればもっと楽なんだろうと思いながら、踊り子号の中でも窓側を向いている座席に座れたときは車窓から見える海がたまらなく眩しい。駅を出るともうダイビングショップの車がスタンバイしていて、明るいショップスタッフが元気に迎えてくれる。ダイビングのインストラクターは皆明るいけど、この人は職業柄後天的に努力で明るさを獲得したな……と分かるタイプがいて、私は総じてその人たちの笑い方が好きだ。ッハッハッハと笑い出しに休符が入る。

伊豆はめちゃくちゃ坂が多い。ショップに行くまでのほんの数分の間に坂を上ったり降りたり、やたらクネクネした道を行くので伊豆に住んでたら車の運転がうまくなるだろう。ショップに着いたらすぐ準備をして浜に向かう。水着は家から着て来ている。富戸にはビーチポイントが2ヶ所あって、どちらも初心者でもいろんな種類の魚がたくさん楽しめるので人気だ。腰が浸かるくらいの深さまでじゃぶじゃぶ海に入ったらフィンをつけて泳ぎ始める。入って即きれいな青色のソラスズメダイなんかが見えてかわいい。こいつらはどこにでもいる。

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伊豆と言われて想像するよりずっとカラフルで、クマノミやこのスズメダイなんかの熱帯系の魚が見られる。もちろん食べたらおいしい系の地味な魚も多いけど。

今の時期だったらアオリイカの産卵が見られるだろう。アオリイカが泳ぐ姿というのは本当になめらかで無駄がない。産卵の邪魔をしないように静かに着底して見上げるイカは、コンピューター制御されてるようだといつも思う。体の両側のみみをウェーブさせて泳ぐ姿はいつまででも見ていたい。魚は頻繁に進路を変えて泳ぐけどアオリイカはなんか落ち着いてる印象だ。そしてでかい。ものすごくでかい。あとイメージと逆方向に進むのではじめて見たときは驚いた。

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これは一度しか見たことないヤマヒメノカミ。5cmくらいしかなくてとてもかわいかった。

海の中では意外と音が聞こえるもんだけど、やっぱり一番聞こえるのは自分の呼吸音だ。シューコポコポ……とダースベイダーの声の元になったと言われているあの音。リラックスして潜っていればいるほど呼吸は細く長く、海面へ上がっていく泡も小さくなっていく。見上げれば太陽が波にちぎられて散らばっている。きれいなグラデーションを時折横切る魚。

海から上がったら「温泉丸」に向かう。これは富戸の人気の一端を担う、ウェットスーツのまま入れる温泉だ。港に設置された漁船の中に源泉掛け流しの温泉がひかれていて、視界の先は海。夏でも海から上がった後は体が冷えているので、ここに浸かってぼけっとするのは至高のひと時。さっきまで一緒に潜ってた人たちと感想を言い合ったりなどして、話をしてれば必ず何かしらの共通点が見つかる。一度はふた回り年上のおじさまが同じ小学校出身だとわかって盛り上がったことがある。そうやってたまたま出会った人と後日別のところに潜りに行ったこともある。富戸に行くときはたいてい一人だから、話したくないときは一人でぼーっとしてればいい。昼ご飯を食べて休憩した後もう一本潜る。終わってログ付けしたらもう夕方だ。帰りの電車はたいてい爆睡している。ああ海に行きたい、伊豆の海に行きたい。だめならとりあえずプール行きたい。

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